私の体験した福祉現場のレポート Vol.1

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月日は速いですね。光陰矢の如し time is money  などなど時間についてのことわざ、慣用句は数多く人間は昔から考えていることについてさほど違いはないのかと感じます。

さて、今回の記事は私が福祉業界に入ったいきさつやこれまでに体験してきたことをシリーズで書いてみたいと思います。


はじまり

私がこの世界を志したのは、大学時代より、自宅で介護経験が有ったことや社会福祉について興味が有りましたが、その時点では一般企業の就職を行いました。
(介護の大変さ、知識が無いもどかしさ、それらは当時の私に卒業後すぐに介護の世界に飛び込む勇気を持たせなかった…)


接客業・営業を渡り歩き、いずれの職種も働く中で次第に、只数字に追われる仕事に対して
”本当にこれがやりたかったことなのか?”
自問する毎日でした。
(毎日に疲れていたんだと…)
ふと思ったのは
”もっと専門的な仕事 手に職を付けたい”
と思い自分にしか出来ない仕事がしたい、気持ちが強くなり
そんな時かつて思い一旦は諦めてていた、福祉職に対する思いを再度思い出します。

そんな時、自分の思いに呼応し引き寄せたのか、何気に見た新聞の情報に
”介護福祉士が取得できる夜学が開校”
が目に留まり、資料を取り寄せすぐさま行動に移しました。
その時私は28歳。

何を今更介護福祉士になる?
大学出ていてなんで今更介護!?
給料は今よりかなりのダウンだよ!
介護の仕事それって女性の仕事では!
など自問しました(心の声😓)

それまでの人生は場当たりで、気が付けば成り行き的な…
(親には本当に申し訳なく、大学まで行かせて貰って😰)
だけど、この決断は私の人生のターニングポイント
結果はどうであれ、直感がもたらし始めて自己の責任においての決断。
今思い返えしても、現実は当時の予想通りで低賃金、社会的な評価は微妙などマイナスな要素は多いですが、それらを凌ぐ
”仕事に対するやりがい”を見つけました。
結果は未だにこの仕事を続けていることで証明しています。
(前職は2年足らず、続いても5年未満な私だったのに…)

人にはそれぞれ持って生まれた天職が有るのだろう。
それを見付けられた人はLuckyであり、Happyなのかと。
私はたまたま福祉の世界。
理由は…
きっと些細なことでしょう。利用者からの”ありがとう”
そんな一言が嬉しくていまだに続いているのかと。

(そんなこと接客、営業時代でもお客から沢山言われたのに…
人生の晩年期の方々から言われるそれはきっと重みが違うのかと感じます😌)


なんて回り道の人生!
それが私の生き方なのかと…😁

専門学校時代

専門学校に入学、それは1999年4月のこと。
それまで働いていた職場を3月退職し、入学後は昼はアルバイト。夜学校に通うスタイルが3年間続きます。
(通常昼間の専門学校なら2年過程で介護福祉士を取得できるものでしたが、夜学より授業コマ数が少ないため3年制となったようです)
夜学一期生として周りを見渡すと、様々な方々が同級生になりました。(夜学ならではの光景)
この間まで高校生だった人
最高齢は50代後半の方
前職はエンジニア、営業、運送業、販売員、公務員など職種もばらばら
未婚、既婚置かれた境遇も人それぞれ
それぞれのこれまでの人生をフォーカスしただけでも、物語が作れそうです。

35人位でスタートしたと思いますが、卒業時は30名位に。

同級生は皆”くそが付くくらい学びには貪欲”
私がこれまでの学生時代とは比べようないほど、真剣にまじめに先生の話をよく聞き、分からないところは徹底的に質問する。
(当時高卒の数名以外は、皆一度は社会で働き、思うところあってそれぞれの境遇を変えてまでの勉強。目の色が違っていました😤)

ただ夜学ならではの光景で、授業中の居眠りはもちろん、新しい知識を吸収する暗記や試験勉強については、年齢が過ぎている人には大変だったと思います。


授業は国家試験受験科目に準じ以下の内容でした。

  1. 人間の尊厳と自立・介護の基本
  2. 人間関係とコミュニケーション・コミュニケーション技術
  3. 社会の理解
  4. 生活支援技術
  5. 介護過程
  6. 発達と老化の理解
  7. 認知症の理解
  8. 障害の理解
  9. こころとからだのしくみ
  10. 医療的ケア
  11. 総合問題

介護福祉士国家試験 ウィキペディア(Wikipedia)より


これは今のカリキュラムで、当時の私達の内容とは若干の違いは有ります。

更に介護福祉の専門学校として当たり前ですが、各種の介護実習があります。
<身体介護>
ベッドに寝た状態から起こす
服の更衣
車いすに乗せる
まひの有る方の移動介助など
<食事介助>
飲み込みが悪い人への食事介助
食事中の見守りの仕方
自助具の選び方、使い方の指導など
<排泄介助>
トイレにて排泄の支援
ベッド上での排泄介助
排便、排尿時における内容物の観察など
<入浴介助>
入浴の一連の流れ
車いすの方の介助
ベッド上での介助
身体状態の確認などなどまだまだ多岐に渡って実習していきます。
実際の介護実習は想像以上に出来ないことだらけで、当時は相当凹んでしましたね。


さらに学校のカリュキラムとして、調理実習、ミシンを使った衣類創作実習もあり、専門性を身に着けるものです。
また体育の時間も有り、そこでは若者と一緒にバスケやバレーボールなどを行い、日中の仕事後の疲れた状態で、20代後半の自分の体調は正直で、日ごろの運動不足や体力の衰えを感じるなど、今思えば貴重な体験でした😅

そして、最大の関門が施設実習でした。
今でも思い出すのは、初めての介護実習。そこは特別養護老人施設(特養)でした。

目に飛び込んだのは柵のある入り口。そして鼻につく便臭とも尿臭とも付かない異臭。
”これが現実か…”
心の中で改め感じたことでした。

初めての実習は2週間でしたが、見るもの感じること全てが初めて尽くしの体験。
一年生は2週間。2年生は1カ月。3年生1カ月。
そんな施設実習を3回こなしていく中、様々な施設そこで暮らす入居者や利用者の人となり。これまでの人生経験を直に聞いたり調べたり。これまでの私の仕事では体験しようもない世界が実習を通して学べました。

実習は生徒3名で1チーム制。
各年次に別々の同級生と組んでの実習。同級生の性格、年代やこれまでの生活歴など違う中、チームリーダーを決めそれぞれの実習内で学ぶ課題を設定して臨みます。

実習中に学校では余りコミュニケーションが取れなかった分、お互いの考えや適性などが見えてくるもの面白かったですね。
楽しい交流、難しい介助、対人援助の基礎を改めて、実習を通して学びます。
そして、指導者をはじめ学校の実習担当者、実習生が揃っての発表会が有ります。
その場でこれまで学んだ現場での気付きや疑問点、指導者より指摘されたことなどを確認し、発表していきます。この場はプレゼンテーション形式なので、会を取り仕切るチーム力も問われ、その年次ごとに組んだチームで様々でした😑


それと学校の実習担当教員それとについて
教員は発表会で各生徒の実習の進捗状況から、指導者に対してフォローしてくれて、実習中の様子を代弁し良し悪しを客観的に話してもらい、発表会の場の空気が悪くなった時などに、助け舟を出してくれました。


発表会終了後、教員と実習生だけで反省会。
会で発表出来なかったこと、改めて実習時の様子の聞き取りから、困っていることや悩んでいることなど、また実習施設に対する苦情などについても率直に話したことを思い出します。
(きっと私達夜学一期生は通常の学生と違い、年齢幅も広く、一期生と言うことも有り、今後の実習先としての実績作り、学校の評価も有るため、真剣に施設サイドと話し合いをしてくれたのかと思います)

実習の思い出話

ここで、実際の実習時の思い出を一つ。
それは三年時の3回目の実習先にて、そこは重症心身障碍者施設。

レクリエーションの場面
いつもは施設職員のサポートでしたが、実習も最後の週になりレクなどはある程度私達学生が出来ることになっていました。

施設行事の一環で余興の時間を実習生に割り当てられ、実習先は各階ばらばらで実習し、私は最重度の症状の方がいるフロア担当でした。

余興としていろいろ考えた結果、ギターの弾き語りを行いました。
普段のレクでも、歌うことは有りましたが入所者にはいつもほとんど反応が無かった。
余興当日、自宅から持参したギターをケースから出し始め準備しているところから、珍しかったのか、入所者の一人、一人が私をじっと見始める。


余興開始し、簡単なギター演奏(当日は3曲用意)
懐メロ、童謡などを弾き語ると、拙い演奏でもこの日の入所者の表情は明るく、声援は無かったのでしたが、声なき声で身振り手振りなど反応してくれたことが、今でも思い出されます。
(今現在の仕事でのレクの時間が好きですが、そんな体験があったことからかもしれませんね😆)

卒業そして…

3年間はあっという間に流れ、施設実習も無事に終えて、必要授業単位もすべて取得する。
就活は在学期間中3年生の夏から始まる。
当時は現在の様な介護人材不足はさほど無い時期でしたので、就活には苦戦したした同級生も多くいました。
私は就活に当たり、情報収集を2年生の夏ごろから始めており、市内の施設の職場環境、求職状況についてリサーチしていました。

学校の就職課を頻繁に訪れ、担当教員との面談を通して3年次の夏休み位前から学内選抜を行うことを確認。学内選抜対策を講じ
(今で言う初級公務員試験の適正検査のような内容)
学校の授業と並行させこちらも勉強していました。
求人が発表されると、そこから学内選抜が始まります。
仕事内容、待遇面、場所などの条件が良い求人を見付けエントリーする訳ですが、募集枠に希望者殺到します。
学内選抜は適性試験、小論文、面接があり本番さながら。
この時点で生徒が絞られます。私は早い段階である程度希望している条件の就職先を見付けられたので、学内選抜を受けることになります。幸い学内選抜合格し、学校からは私を含め7名が就職試験に臨むことになりました。

就職試験当日
試験は7月。
福祉業界は一般企業と違うのか、私が受験した施設は私の学校からの受験生のみでした。学校枠とでも言うのでしょうか、他の学校や一般の受験生はいませんでした。
試験内容は、小論文、面接で小論文のテーマは確か
”なぜ介護福祉を志したのか?”
との内容だったかと、記憶しています。
(よく覚えているなー😅)
面接は受験生一人に対して経営陣7名位だったかと。
面接は一人10分位。聞かれた内容は忘れてしまいましたが、
”なぜ前職を辞めてまでこの道を選んだか?”
”この業界でやりたいことは?”
また他の同級生には
”あなたのチャーミングポイントは?”
などなど、さまざまの様でした。その日はスーツ姿には暑く、長い一日だったことを思い出しました。

数日後受験した施設から合格の知らせが届き、私の就活は一回きりの受験で終了。ほっとしました。これであとは卒業有るのみ。

合格後は残りの学校生活と使用期間と称した前倒しのアルバイト期間で8月から働き始めます。卒業と同時に働きが認められ正職員として採用され、現在も継続して働いております😆

そして、卒業。同級生はそれぞれの就職先へ。長かった3年間。過ぎてみればあっと言う間でしたが、社会人を経験して再度学生になり資格取得と就活。
今で言うところの、リカレント教育と再就職活動。私は30代初めに経験したことでしたが、これからの日本では様々な年代でこの学びなおし、転職活動が当たり前になると思います


人生100年時代になると言われ、これまでの職業人としてのキャリア形成、一つの場所で定年まで勤め上げることは、きっと少数派になるのかなと思います。
そんなことも思い出される私の人生の記録でした。

今回は私が介護職を志し、資格取得後実際施設で働くまでのことを書いてみました。
今後はシリーズで私がこれまで福祉業界で体験し、感じ思ったことを書いていきたいと思います。

今回はここまでです。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次の記事でお会いしましょう。

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