【認知症介護現場】より 看取りの時について

介護・福祉

筆者が高齢者福祉の現場で働き今年で22年目。老健に始まり現在は認知症高齢者グループホーム(以下グルホ)で8年目になります。これまで働いてきた現場では接する本人・家族など様々な人間模様がありました。

今回は現在働くグルホでとある入居者の看取りに立ち会った時の記憶です。その時筆者が感じた思いを書いてみたいと思います。

グルホにやって来て…

筆者の働く法人は福祉関連部署は多く、これまで老健・デイサービス・医療連携室などで働き、8年前の異動先がグルホ・・・でした。
グルホについて福祉業界を知っている方なら、そのイメージは決して容易な所ではないのが分かるかと思います。
これまで認知症にまつわるものを多く執筆してきました。
例えば「アルツハイマー型認知症」を例にとっても個人の性別性格・生活歴などから症状の出方は様々です。この病気は女性に多いですがあくまでも診断名であり、病気による似たような傾向はありますが、誰一人同じではないです。

【アルツハイマー型認知症の特徴】
  • 記憶障害や気持や考えがいろいろと入り乱れて混乱する
  • 新しいエピソード・状況などが覚えられない
  • 家族や友人を認識が難しくなる
  • 複数の手順による作業(料理・着替え・排泄はいせつ行動など)が困難になる
  • 妄想もうそう状態が続きやすい(被害・性的など)
  • 状況から不適切で目的のない行動をとり続け、落ち着きなく動き回る(衝動的行動)

さて話を戻して、今回の主人公は仮にAさんとします。入居時は80代初め筆者が会った時は80歳なかばになっていた女性です。

普段はいつもにこにこ・・・・していた方で会話はその時点でちぐはぐ気味でしたが、まだAさんの気持ちや思いは十分理解出来可能でした。
さて認知症において厄介な点は、感情のコントロールが出来なくなることです。Aさんの感情面を含めた様子として

嬉しい時の感情
・まとわりつき
・抱きつき
・見境なくチューしまくる
🌩️怒っている時の感情
・いきなりのグーパンチ
みつき
りなど…

個人差があるのでアルツハイマー型認知症の方が誰しも上記の行動が出る訳ではないです。ただAさんに現れた周辺症状でした。
【ここで改めて認知症介護の難しさ(距離の取り方)の洗礼を受けることに…😓】

時の流れの中で

当時(コロナパンデミック前)家族は定期的に面会に来られ、そこで聞けたのがAさんの発症前の様子でした。
当たり前ですが、入居者個々に元気だった頃は存在し今の当人とは違います。
おしゃべり好きで家族想いの専業主婦であったAさんは、ご主人が亡くなってから病の兆候が見え始め一人暮らしから娘家族との同居が始まります。

その後改めて掛かりつけクリニックへの受診し、各種検査を経ての診断名が
「アルツハイマー型認知症」でした。
診断結果を受けて娘夫婦は「やっぱりそうか!」と感じた失望感と、反面病名が付いた安堵あんどがあったと話されていました。
認知症の方を抱えるご家族の心理は複雑であり、診断までの月日の中で変わってゆく本人の様子に家族や本人自身の心境変化を垣間見ます。

さて同居生活後の親子関係はまるでジェットコースターの様な日々の連続なっていきます。
病状の進行スピードの速さや次から次へと変わる周辺症状に、優しくしっかり者だった母の様子に娘さんは怒りや悲しみなど負の感情は込み上げ、つい抑えきれず放ってしまった𠮟責しっせきののしった後、決まって自己嫌悪感にさいなまされたと告白されています。

これまで出来ていた事柄が次第に時間が掛かるようになり、あるものは声を掛けて促したり、または手伝ったりとAさんのペースに合わせました。
当時を振り返って同居時一番辛かったのが突然の心理的豹変ひょうへんと話されています。
それまでは穏やかに過していた次の瞬間、娘であろうが婿や孫でも

脈絡なく突然出てくる激しい怒り
殴りかかる
蹴とばす
本人の心の深層下にあると思われる負の感情や気持ちの表出

これらの言動は家族をじわじわと傷つけて行くのでした。

やがて同居自体が困難になり、これまでは介護保険の通所系サービス利用で何とかなっていましたが、家庭環境の限界を迎えます。そして紆余曲折うよきょくせつを経て当グルホへ入居となったのです。

入居後の日々の足跡

グルホは
「家庭らしい雰囲気の中で自分に出来ることはやっていただきながら、必要度に応じた支援を得て日常生活を送る場所」
と定義されています。

入居後のAさんは自宅とさほど変わらない生活を送っていたようです。とても活動的でレクリエーション時間ホーム内を小走りで動いたり、気分が乗れば得意の料理作りの手伝いや趣味の習字の披露。テレビゲームを楽しんで日々を過ごしていました。また娘さんもよく面会に来て頂き気分転換の外出、一泊で自宅に連れ出してホーム生活の息抜きの協力をして頂きました。

入居後の生活で必ず起きるのが排泄はいせつ問題です。

排泄問題の原因
①加齢により体の機能は衰え
②認知症以外の持病を抑えるために処方されている内服薬の飲み合わせなどからの副反応
③運動不足

③の補足として、ホームでは個々の身体状態に応じて家事活動をリハビリの一環として行って頂いたり、レクリエーションなどを提供していますが、運動量は自宅にいた頃と比べると少ないです。

排泄問題は認知症の中核症状※1そして周辺症状※2をより悪化させます。
そこで排便コントロールに必要な「食事・水分補給・睡眠・適度の運動」の支援は認知症介護においてとても重要になります。

※1認知症の中核症状とは
壊れてしまった脳の細胞が担っていた役割が失われ起こる症状
①記憶障害・見当識けんとうしき障害
②理解・判断力の低下
③実行機能障害
④言語障害(失語)、失行・失認などの認知機能の障害
※2認知症の周辺症状とは
本人の行動や心理状態で起こる症状
①目的や道を忘れて歩き回る徘徊はいかい
②うつ状態
焦燥しょうそう
④怒りやすい・暴力行為
◎アルツハイマー型認知症における周辺症状の段階
初期は不安・抑うつ
中期は妄想もうそう・幻覚・徘徊
末期は人格の変化・無気力・無欲
などの傾向があります

Aさんもこの便秘にはとにかく悩まされました。
その日の気分や表情は便秘の経過日数
今日何日目?で次第に分かってきます。
(業界あるある😅)
上手く下剤・食事・水分調整しながら本人との穏やかな時間を持つ関りをしていきました。

その人を作るもの そして…

個人の特性・個性簡単に言えば、その人らしさを考えると、生活歴・人生経験や環境などそれらが複雑に絡み合って一人の人間を作っていくのだと思います。そして入居者と接し当人のこれまでの歩みの記録・家族からの証言そして現在の生き様などについて、完全なデーターは揃っていないかもしれませんが断片的なものから想像して支援につなげていきます。


Aさんの特技・好きなもの

料理
習字
登山
麻雀
テレビゲーム
などなど…

これまでの聞き取りなどから得られた情報の一部です。更に調べるともっと詳しい人物像が見えてくるでしょう。

ただ筆者を含め介護職は警察官や裁判官ではなく、今出来ない生活をサポートするのが仕事です。
健康状態や生活を送る上で知る情報と、もし本人が元気だった頃に本人の口から聞けた話なら良いのですが、当人の心にしまっている大切な思い出や価値観などを根掘り葉掘り調べまわるのは違うのかと思います。
そんなとても個人的で繊細せんさいな心情を知ってしまうため、個人情報についての情報収集はプロとして常に考えさせられます。

さてAさんについて話を戻します。

徐々に入居より時間の経過と共に病状が進行し、彼女の特技や豊かな感性・個性を一つ一つ奪って行くのが分かります。その代償として日々の生活の中で、かつてなら直接他者に伝えた思いや感情が伝えられない今、抑えられない程の突然の激しい怒りの根源を推察すると、今の自分を分かって欲しいと思うのです。
けれど介護職員は相手の気持ちを推し量り、職員個々の想いで寄り添うことは出来ても、それが正解か分かる訳でもなく結局何一つ出来ていないかと、もどかしく感じ支援を行う日々を繰り返し時は流れてゆきます。

旅の果てに…

認知症は現状では発症から10年前後で亡くなる病気です。


脳機能の低下は生命維持において改めて重要だと思います。Aさんはこれまで他者の食事やおやつをすきあらば盗み食いするほどの人でしたが、入居後8年目を過ぎた頃から徐々に食べれなくなり、食べ物や水分を取るとむせ込みが多く時には発熱が出るようになりました。

誤嚥性ごえんせい肺炎」

食べたり飲んだりしたものが上手く飲み込みが出来なく誤って肺に入ってしまい、結果肺炎を引き起こす高齢者にはかかって欲しくない病気の一つです。
Aさんはそのリスクが次第に高くなり、その都度医師との相談を繰り返すようになりました。

口から食事が取れなくなると現代医学の対応方法は、

・点滴による在宅中心静脈栄養(IVH)
・胃に直接穴を開けて栄養を取る胃瘻いろう

方法になります。
家族には訪問医師より上記の選択が求められます。個々のグルホ対応により看護師が常駐していればIVHや胃瘻処置は出来ますが、多くのグルホには常駐している看護師がいないケースが多く、ホームでの生活が出来なくなり医療処置が出来る病院などへ転院になります。

Aさんの娘さんは上記の対応を断り、看取みと※を選択されました。
これまでグルホでは行っていなかった対応の一つで、近年の社会状況を踏まえて当グルホでも数年前より対応出来しています。

※看取りとは

無理な延命えんめい治療などは行わず、高齢者が自然に亡くなられるまでの過程を見守ることを「看取り」と呼びます。 元々は介護をするうえでの世話・看病など、患者を介護する行為そのものを表す言葉でした。 しかし、現在では、介護や看病などのお世話の有無に限らず最期を見守ることを指して「看取り」と考えます。

出典:大和リース株式会社より

看取りを選択するとそれ以降は積極的な医療処置は行わず、必要最低限の対応になります。
ここからホームの職員は看取りモードに入り、きたる日に向けて覚悟を決めて日々のサポートになります。

静かに時は過ぎ行き 看取りの中での驚きの瞬間

高齢者において個々によりますが、口から食べなくなり何も対応をしなければおよそ4日前後で亡くなります
現場では看取り前は食事・水分補給などについて在宅訪問診療の医師や栄養士などと連携して、出来る限りの介護対応を行います。下記に記したのが食事・水分摂取に関わる対応例です。

・食事内容・水分形態の変更
・食べる方法・場所・角度・回数などの調整
・食前後の口腔こうくうケアの見直し
・内服薬の見直し
・好きなものに特化したメニューなど

これらを本人の状況に応じ変更を重ねて対応します。

Aさんはぽっちゃり体形で50Kg位あった体重はみるみる内にせ、それまであった発語やリアクションも次第に無くなり、元気よく歩いていた姿から一日をベッド上で過ごす生活になりました。

普段メインで面会されていた娘さん以外にも初めてお会いする親戚・友人・知人が引っ切りなしに訪れるようになり、改めてAさんの交流関係の広さがうかがえました。

そしてAさんの部屋以外はいつもと変わらない賑やかな一日が過ぎて行きます…。


看取りになるとこれまでの朝の起床介助から、食事介助・トイレ誘導・入浴介助・就寝介助など一日を通して行っていた様々な生活支援の多くは無くなり、Aさんの様子観察、定時の体位交換(寝返り)、排泄介助、バイタルチェックなどになります。

娘さんは泊まり込むようになり、親子の最期の時間を静かに過していました。

排泄介助の際、娘さんなどご家族には一旦お部屋から退室して頂きます。水分も食事も取らなくなると排泄物も次第に無くなります。お尻を温かいタオルで拭いて新しいテープ止めや尿取りパットに交換しパジャマを直しているとかすかに聞こえたのです。

「ありがとう…」

「え!」
とAさんを見ても目はつぶったままです。

すっかり痩せこけてしまつたAさん。その表情は穏やかでした。

看取り開始してから3日目の日中に容態が急変しました。訪問医に連絡しその後Aさんは静かに息を引き取りました。
享年きょうねん90歳でした。

今でも感じる息遣いきづか

ホームで亡くなったその後はあわただしいです


ご家族の事情にもよりますが、ホームで家族と過ごす時間はわずかでその日の内にご自宅もしくは斎場に行かれます。また以前は入居者と一緒にとむらう時間もありましたが、この時も含め最期のお別れは今はほとんど無くなりました。

Aさんも亡くなってからご家族が手配した葬儀社の方がやって来て、あれよあれよのうちにひつぎに納めらてホームからご帰宅されました。入居より約8年間様々な思い出と共に…。

それまで使用していた寝具・家具など身の回りのものは葬儀後に改めて引き取りに来ます。Aさんが居なくなった部屋を清掃し洗濯した衣類などをまとめて家族を待ちます。
そう言えばこの数年は葬儀の参列は出来ず、コロナ前はホーム管理者を含め職員数名で出来る限り斎場に参列していました。そこでまた入居期間中に聞いていた話とは違った故人の思い出話を聞いたりして感慨かんがいふけるのでした。

葬儀を終えて落ち着いた頃に家族が居室の引き払いにやってきます。
6畳ワンルームにはAさんの人生の集大成が詰まっています。人は生まれてから成長し様々な体験や経験を積み多くの財産を得ます。そして獲得したものたちは時間の経過と共に誰かに継承したり手放していきます。

Aさんの居室きょしつにて、思い出の数々を家族だけで片付けていきます。

家族の退居作業が終わり

処分するもの
ホームに寄贈きぞうするもの
そして大切に持ち帰るもの

仕訳を終えて家族はホームを後にします。


にぎやかなホームの日常と対照的な空室。
残された部屋にはこの数年間確かにそこで暮らしていたAさんの息吹いぶきが残っています。
次の入居者が決まるまでの数日間はそんな余韻よいんとともに…。

あとがき

今回は”【認知症介護現場】より 看取りの時について”をつづりました。


個性豊かな方々がご縁と共にホームにやって来て、人生最後の数年を過ごします。戦後日本の死に場所は自宅から病院へ変わり、現在は福祉施設が新たな自宅であり看取りの場所としての選択肢となり増えました。

人生の最期を本人が望む形で過ごせる方はどれほどいるでしょう?

介護の現場では日々出会いと別れを繰り返します。個性的な方ならその記憶は鮮明に残り、筆者のブログに書いています。
一人として同じ人は存在せず、本人や家族の生き様がそこにはありました。

介護と言う関りを考えると
例え介護技術などを勉強しなくとも実体験などで得られ、総じて誰でも出来るものです。
そんな関りの中で筆者は常に考えるのは

「人とは一体何なのか?」
なのです。

哲学・宗教的な見方は置いておいて、純粋に考えているテーマです。

”生まれて成長しやがて死んでゆく”

日々の生活に追われていると考える暇もなく時間は流れます。ただこの一連の回避出来ない事実について、直感的に知りたいためにこの仕事に就いたのかと思います。
筆者はこの正解の無い問いを今後も探求していきます。

Aさんからの最期の言葉
「ありがとう…」
この言葉に込められた想いを今一度考えてみたいと思うのです。


今回はここまで

最後まで読んで頂きありがとうございました
次の記事で会いましょう。








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