7月夏本番

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オリンピックがいよいよ開催です。

すったもんだ在りましたが、全世界が注目するスポーツによる平和の祭典、現在はコロナ禍によりこれまでのオリンピックとは異なる大会運営の中、その動向が気になります。

今回は公私共に期待?戸惑い?などこれからの世界がどのように変わるか、私見として書いてみたいです。

これから起こること

2019年末より始まったコロナ禍。発信元が中国武漢とされていますが、国連の査察団も結論としては、分からないとしている中、各国の思惑、特定企業や活動団体更には超法規的な動きが、このウイルスより新たな世界のシナリオを描きだしているのかと感じます。

旧体制から新ワールドへの移行は、大きな代償を伴い未だ進行中です。
かつての時代の転換期においても、旧体制と新体制の権力闘争や、天変地異からもたらされた強制終了などいくつも場面があったでしょう。

西暦は2000年代に突入して早21年。世紀末から世紀初めを振り返ると、ノストラダムスの大予言による人類滅亡、2000年移行における、コンピュータのトラブル(いわゆる2000年問題)が在りました。いずれについても、一部の組織もしくは国などの関与が根底に有ったのか推論の域であるが、それだけ人間にとって(権力者、大資本家など権力、財力を多く有しているもの)、現行のシステム変更を望まない者達が書いた筋書きなのか?

終末時計とは、米国の科学誌「Bulletin of the Atomic Scientists」が1947年から発表している人類滅亡までの残り時間を象徴的に時計の針で表したもの。 時刻0時0分が人類滅亡のときとされます。

Engadget 日本版より
https://japanese.engadget.com/jp-2017-01-29-2-2-1953.html#:~:text=%E7%B5%82%E6%9C%AB%E6%99%82%E8%A8%88%E3%81%A8%E3%81%AF%E3%80%81%E7%B1%B3%E5%9B%BD,%E3%81%AE%E3%81%A8%E3%81%8D%E3%81%A8%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82&text=%E3%81%93%E3%82%8C%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%81%AB%E6%9C%80%E3%82%82%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%8F,%E3%81%AF%E3%80%811991%E5%B9%B4%E3%81%AE%E3%81%93%E3%81%A8%E3%80%82

現在米科学誌「原子力科学者会報(BAS)」は23日、地球滅亡までの時間を示す「終末時計」の針が昨年より20秒進んで残り100秒となり、1947年の開始以降、最も「終末」に近づいたと発表。
2020年1月時点のことであるが、2018年、2019年は「終末」まで残り2分だったとのこと。
このことの要因は、もちろん人類間の戦争だったり、環境破壊によるものなど様々な複合されたものだろうと思います。

2030年まで行われるSDGsの達成期間、改めて下記に表してみると

朝日新聞より

17項目について、政府、企業、組織など達成に向けて取り組んでいますが、現在2021年、どこまで達成しているのでしょうか?いずれにしても、これから変わる世界は上記の目標を真剣に取り組むべく活動を行っていると思います。

個人が出来ること

SDGsのことを出すまでも無いですが、分母が大きい活動は言うまでもなく政府間、企業間など人もお金も大量に動く環境下です。ただ、それらを紐解けば見えてくるのは個人の思いや希望、苦しみの中からの訴えなどが原動力になっていると思います。

いつも感じていることですが、”ローマは一日にして成らず”です。

日々の生活、個人により様々です。人が生まれ死ぬまでに行うこともまたそれぞれ。何らかのミッションを持っていると、個人的に思います。さて、私のミッションは何か?そう考えると!はて?

今更ながら過去を振り返り、体験したり学んだりしてきたことは、行き当たりばったりか?
結論から言うと、一見回り道をしているかに思いますが、きっと何らかの意味が有るのかと思います。
実際、現時点で学びの最中の方もいれば、働きながら何かを掴む、または探求している、やってみたが合わず止めたり、休止して別な環境に身を置くなど有るのでしょう。

視点を変えて、日本は諸外国と比べて、一度失敗するとなかなか這い上がれない環境かと感じます。それは何故だろう?

  • 他者に対して厳しい
  • 自己に対しても厳しい
  • もともと失敗に対して寛容な風土ではなかった
  • 厳しさが美徳とされていた…など

現在は経済力では世界第3位。もともと日本を考えると資源は乏しく、国土も小さく生活環境としては狭い。自然環境は厳しく、これら風土や地政学的にも島国により海外から侵略されにくかったことなども要因に挙げられます。
国内に目を向けると歴史的には、戦いの歴史と平和な時期を繰り返し今に至ります。よく大人しく、従順な国民性などと言われますが、その根底は案外戦いの(いくさ、自然災害、疫病など)連続からなすしたたかさ、凶暴さなど腹黒さなども有るのかと思います。

トップ(王、天皇、将軍、社長など)からのトップダウン型の社会構成が日本史を見ている中多いのかと。いわゆるボトムアップ的な行動(上告、一揆、騒乱、闘争、クーデターなど)もこれまで数多有ります。今の日本人は海外からみると
”何を考えているか分からない”
”従順な羊の様な人達”
などと思われているでしょう。

話がそれましたが、個人が出来ることに話を戻しましょう。 

個人の力は非力でも多数になると有力になります。今の大企業も政党も元は個人から始まっています。
如何に自分の思いや行動に賛同してもらえるようになるか、戦略は必要ですが、まずは自分の信念が無いと始まりません。

やりたいことを見付ける”

情報収集、勉強、そして行動する。
向き不向きは実際やってみないと分かりませんね。その価値基準は
楽しいか否か”これに尽きると思います。
日々積み重ねがやがて実になり、そして成果や結果として収穫する。収穫したら味わう、そしてまた残ったものが種になり、苗や稚魚などになり、再び育てます。

農業、漁業など生活の根幹である食べることに似ていますね。また、生活には着るものや住むところも必要です。そんな生きるために必要なものと、この”やりたいことを見付ける”は同じだと考えます。

まとめ

これから起こることについて、書いてみました。
改めて、まずは”やりたいことを見付ける”を探すことから始める。
「10年ひと昔」とは言ってみましたが、「今は3年ひと昔」いやこのような表現も合わないほど、時代は進んでいます。

探し方は、やはりネットからの検索が支流でしょう。今は様々なコンテンツが有ります。私はやはりYouTubeからになります。今こうしてブログを始めたきっかけも、ブログは副業になるなどの記事から始めています。

まだまだ収益化には程遠いですが、継続は力それこそ
”ローマは一日にして成らず”ですね😊

楽しいか否か、これの見極めはやはり続けることで分かります。楽しいことに見つかれば後は邁進有るのみです。ブログは書き方次第でなんにでもなります。

  • 自分の仕事のこと
  • 興味ある分野の紹介
  • 日々の出来事
  • 感じた感想を綴る
  • モチベアップ ライフハックなど…

私は今後もゆるーくかつ自分の興味の有ることをつれずれなるままに記事に挙げていきますので、読んで頂けたら幸いです。

今回はここまでです。

最後まで読んで頂きありがとうござい

次の記事で会いましょう。

PS:noteもやっております良かったらそちらも読んで頂けたら幸いです。

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